久しぶりにふるさと山形に帰ってみたら、ヤバイ街になっていた
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記事:土田 ひとみ(ライティング・ゼミ)
「リオデジャネイロってヤバイね。危険すぎるよな~」
テレビに向かってつぶやいてみる。
オリンピックが開幕され、最近のメディアで取り上げていることと言えば、メダルがとれた、とれないとか、選手の特集とか、そんなことばかりだ。
でも、思い出してほしい。
オリンピック開幕前、よく報道されていたことは、治安は大丈夫なのかとか、ジカ熱の感染は大丈夫なのかとか、そんなことだったはずだ。
強盗事件が5分に1回のペースで起こっているとか、その発生率は日本の660倍だとか、そんな恐ろしいニュースを見ながら、自分とは違う世界の話だと思っていた。
ふるさと山形に帰って来るまでは……。
私の故郷は山形だ。
関西に嫁いで1年以上経った今では、「山形って、どこやったっけ?」という質問にはもうすっかり慣れた。それくらい、マイナーなところだし、とりわけ特徴もない。しかし、平凡で、のどかで、平和なところが一番の売り。
何よりも私の生まれ育った場所だ。私にとっては、とても居心地が良く、特別な場所だ。
田んぼの香ばしい匂いとか、祭囃子が風に乗ってわずかに聞こえる夏の夜とか、8月だというのに朝方は寒くて風邪ひきそうとか、そういうのが大好きだ。
そんな故郷に、久しぶりに帰れることはとても待ち遠しいことだった。
ブロッコリーの集団のような山と、広い広い田んぼが見渡す限りの大地が見えてきた。もうすぐこの飛行機は、山形空港に降り立つ。
「ママの生まれたところだよ」と、愛しい大きなお腹を撫でながら言った。私は、里帰り出産のために、山形に帰ってきたのだ。
「やっぱり、山形はいいねー!」大きく背伸びをしながら深呼吸をすると、一気に懐かしさが蘇ってきた。
「平凡だけど平和なこの山形で、元気な赤ちゃんを産むぞ!」
こうして、私の里帰り生活がスタートした。
8月×日 AM 6:50
玄関のチャイムが鳴る。時計を見ると、まだ朝の7時前だ。何事かと、玄関を開ける。
「ひとみちゃん、赤ちゃんでぎだんだって? まんず、おめでとさん。いがったにゃ~!」
(※ひとみちゃん、赤ちゃんできたそうね? まあ、おめでとうございます。良かったわね~!)
近所のおばちゃんだ。私が里帰りをしているのを聞きつけて、朝の摂れたて野菜を持ってきてくれたのだ。
「それと……」と言い、おばちゃんはさらに包みを差し出した。
「赤ちゃんの分もしっかり食べないとね!」
そこには、私の大好きなパン屋さんのパンやお菓子がたくさん入っていた。
「ヤバイ! これは懐かしさと美味しさとで、ついつい食べ過ぎちゃうパン達じゃないか! しかも『赤ちゃんの分も食べなさい』って古いんだよ。産婦人科の先生が言っていたよ!? 昔と違って現代は、栄養はしっかり摂れているから、逆に体重が増えすぎないようにコントロールすることが大切だって!
これ、ヤバイって! テロか!? 優しいふりしてパンテロか!?」
心の中でそう叫びながらも、私は笑顔でおばちゃんにお礼を言った。
そして、おばちゃんの思惑通り、私は『赤ちゃんの分』も食べてしまった。
AM 11:00
友人達と早めのランチ。
旧友との再会は、何とも言えない楽しい時間だ。久しぶりの女子会は盛り上がる。思い出話や、子育ての助言をもらったりしているうちに、注文していたラーメンが届いた。
「んめ~~!」
そうそう、これこれ! 懐かしい味に箸が進む。
実は、山形県はラーメン消費量日本一なのだ。ラーメン大好きな県民性で、外食と言えばラーメンだ。
しかし、私は妊婦。塩分を摂りすぎてしまうと、すぐに体が浮腫む。浮腫みは、妊娠高血圧症候群の症状の一つで、十分に気を付けなくてはならない。
「せめて、汁は飲まないように気を付けなければ……」と思いつつ、懐かしさと美味しさで、ついついレンゲでスープをすくってしまう。危険すぎる。
焦りとラーメンの熱気で汗だくになっていると、友人だと思っていた女が口を開く。
「今度は、○○のラーメン食べに行こうよ~!」
私は作り笑いをし、女たちの話に曖昧な相槌を打つ。
「おい! そんな誘いは辞めてくれ! あれか!? 浮腫み地獄へようこそって、わざと悪の道に誘おうとしているのか!? 不良へ転落するのなんて簡単だもんな。そうやって、軽々しい誘いに乗ってタバコを吸い始めるところから不良は始まるもんな! 友達だと思っていたのに! なんてヤバイ奴らなんだ!」
しかし、私の心の声はむなしく響くだけだった。結局私は、またラーメンを食べに行く約束をして、悪友と別れた。
PM 1:30
祖母の家へ。
「遅がったんんねがや? 昼まままだだべ? ばんちゃん、支度して待ってだったんぞ」
(※遅かったんじゃないの? お昼ご飯まだでしょう? おばあちゃん、ご飯の支度をして待っていたのよ)
「昼過ぎに行く」と伝えていたのに、「お昼に行く」イコール「お昼ご飯を食べる」と勝手に解釈され、祖母は私のために昼食を用意して待っていた。
申し訳なく思い、「じゃあ、少しだけ……」と言い、昼食をもらうことにした。そこには、テーブルに乗りきらないほどのご馳走が並んでいた。
これも山形の県民性。相手が食べきれないほどの量のご馳走を振る舞うことが良しとされている。食事だけじゃない。お客様にお茶を出すときも、煎餅に、饅頭に、漬物に……と、とにかく次々とお茶請けを差し出す。
「腹大っきいどぎは、精つけねんねぞ。おかわりすろ!」
(※妊娠中は、精をつけないといけないよ。ご飯のおかわりしなさい!)
祖母は乱暴にご飯茶碗を奪い取ると、おかわりを差し出してきた。
「ヤバイ! どう考えても今日の摂取カロリーはオーバーしてる! 脂肪が付きすぎると、難産になるって聞いてるぞ。
ヤバイ! 祖母までも私の安産を阻害しようとしているのか!? 可愛いひ孫の命までも狙おうとしているのか!?」
逃げるように祖母の家を出て車に乗り込むと、私は冷や汗を拭った。
「外は恐ろしすぎる……。どうなっているんだ、山形は。ヤバイ奴らで溢れかえっている……」
私は急いで帰路に着いた。
PM 6:00
実家に帰る。
「ここまで来ればもう安心。はあー。恐ろしい一日だった」
愛しい存在を確認するように、何度もお腹を撫でながら家の中に入った。
「おかえりなさい」
そこには母がいた。私はほっとした。だって、外は敵ばかり。一日中、危険にさらされて私はヘトヘトになっていた。
「疲れたでしょう。横になって休んだら?」母はいつも通り優しかった。
ソファにゴロンと横になると、猛烈に眠気が襲ってきた。安心しきった私は、そのまま眠り込んでしまった。
30分くらい寝ただろうか。カチャカチャと食器を置く音が遠くから聞こえてきた。
ぼんやりと目を開けたが、目の前の恐ろしい光景に、すぐに、はっきりと、目を覚ました。
視線の先にあったものは……
なす漬け! きゅうり漬け! しそ巻き! 天ぷら! モツ煮込み!
塩分! 塩分! 塩分! 脂肪! 脂肪+塩分!
横たわっているにも関わらず、めまいでさらに倒れ込もうとしているとき、母がこちらに向かってきた。
「はーい! ご飯できたよー!」
その手にあったのは、山形名物の芋煮!
「浮腫みー! デブー! 体重コントロール不能!」
カンカンカンカーーン!
朦朧とした意識の中で、試合終了のゴングが聞こえた。
嗚呼。嗚呼。
家の中までも、敵がいるとは……。
どうなっているんだ! ふるさと山形は!
いつの間に、こんなヤバイ街になっていたんだ。
私はただ、のどかで、平和なこの街で、穏やかに過ごしたかっただけなのに……。
今日も私は、ヤバイ街で敵と戦いながら暮らしている。
体重計とにらめっこをしながら。
***
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